「夢の中へ」に井上陽水が込めた意味とは…。斉藤由貴もカバーした名曲

歌詞考察

「夢の中へ」って名曲ですか?それとも…

こんにちは。ひとりです。

井上陽水さんの大ヒット曲、「夢の中へ」って俗に、麻薬取締官にガサ入れされた時のことを歌ったものだと言われているのをご存知ですか?
この説はたまに話題になっていて、信じている人も多いようです。

…しかし実際に逮捕されたのは、この曲をリリースして4年後のこと。

あれ?順番がおかしいですね。

発売が 1973年3月1日。
逮捕が1977年なので、その時にはもう過去に歌詞を書いていたことになります。
予知夢でも見たんでしょうか??

…いや、いくら天才でも麻取りにガサ入れされることまでは想定できなかったでしょう。

ということは、その噂は嘘だということになりますね。
安心しました。

では、「夢の中へ」の意味って何なんでしょうか。

 

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「夢の中へ」に井上陽水が込めた意味とは…?


「探し物は何ですか~?」で始まるこの曲。
抽象的な表現のようですが、具体的に何かを探している姿が思い浮かぶ人も多いのではないでしょうか。

「見つけにくいものですか~?
「カバンの中も机の中も~…」

とてもテンポが良く進んでいく質問形式の歌詞。

曲の軽快さも相まって、探している人が何かに追われるようにも感じます。

さらに2番になるともっと大変です。

「休むことも許されず~
笑うことは止められて…
這いつくばって這いつくばって」

この人は血眼で何かを探し求めているんですよね。

1番ではもしかしたらもっと穏やかな探し方をしていたのかもしれませんが、2番ではなりふり構っていられないような様子にバージョンアップします。

2番を聞いたことがない人は、是非聞いてみてください。

そして、探している人と傍観している人の気持ちは正反対です。
傍観している側は、「それより僕と踊りませんか~?」と、その人に伝えます。

必死で探している人にかける言葉としては全然ふさわしく無いですよねw

しまいには「うふふ~うふふ~」って。
探している人に、「笑っている場合じゃない!」って怒られそうです。

探し物なんて忘れて踊りませんか~?って感じですからね。

すごくすごく不思議な雰囲気じゃないですか。
一緒に探すのを手伝うとか、そういった一般的な発想ではできない歌詞です。

でももし…

このメロディーに普通の歌詞がついていたらどうでしょう。
「それでは僕が探しましょうか~?」とか。

これ、きっと手伝っちゃったら全然面白くない。

必死に探している人、そんなのどうでもいいと感じる人の対比がユーモラスな歌だと思うんです。
これがこの歌の面白さ。

見つかることもなく終わっていく歌詞。

「うふふ~うふふ~さぁ~♪」「ジャカジゃ~ン!」で終わりますw
深いのか浅いのか…
考えられているのか考えられていないのか…

でも考えさせられる。

そんな歌です。

皆さんはこの歌をどう感じますか?

すごく哲学的な歌だと感じませんか?

 

 

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「夢の中へ」は井上陽水の“哲学”と考えたら


「夢の中へ」この歌の意味、すべてが哲学と考えたらどうでしょうか。

“哲学”とは、人などの生物が生きる意味について考える学問です。
教科書で「てつがくのライオン」ってありませんでしたか?

工藤直子さんのお話ですが、絵本にもなっています。

私にとっては、これを読んだ時がすっと哲学を捉えることが出来た最初の時でした。
カタツムリがそこにいる意味とか、自分がいる意味とかを考える。

それが哲学です。

 

哲学にとっつきにくい人におすすめの本「てつがくのライオン

 

じゃあ、この「夢の中で」ではどうでしょうか。
「探す人」を「見ている自分」は、いったい何を意味しているんだろう…。

探している人にちょっとだけ興味があって、でもちょっとだけしか興味がない。
一旦、「探し物は何?」って興味本位できいてみる。
でもその人は探すのをやめないで、見つからないのにずっと探しています。

傍観する側はどうでもよくなって、「それより僕と踊りませんか~?」と展開していきます。

これがお馴染みの1番の歌詞ですよね。

さて、ここで考えてみてください。

“踊りたい自分”は、冷たい人だと思いますか?
どうでしょう。

必死なのに手伝いもしないで、「踊りませんか~?」

 

 

ここでの“自分”がどんな人だと思いますか?

 

 

 

これは私自身の意見ですが…

 

 

私は、探している人の気を引きたい“自分”を思い浮かべました。

 

「探す人」は「探し物」にしか関心がなくて、一つもこちらに目を向けない。

 

むしろ、ここでの“自分”は「探す人」の気を引きたくてしょうがないって感じがするんです。
“自分”にとって「探し物」は全く取るに足らないもので、それよりも今を楽しくあなたと過ごしたい。

 

 

そんな場面だと感じました。

「探す人」としては不本意かもしれませんが、“自分”は手伝いはしないものの、探し物をする場所には付き合っている。

がむしゃらに探す人のほうが、“自分”には関心がないんじゃないかと。

 

せっかく一緒に踊りたいのにな~って“自分”は感じているんです。

 

つまり、どちらの人物にとってもここは不本意な場面です。

それぞれの思いはすれ違っていて、2番になると「探し物」に対する執念が増してしまいます。どちらの人物にとっても、満足のいく場面じゃないんですね。

あくまで個人的な捉え方です。

人によってとらえ方はそれぞれだと思いますけどね。
皆さんはどう思いますか?

 

ここまで考えるとなんか深いって感じませんか?

みんな経験したことがあるような感覚…。

 

たとえ、すぐ近くにいる人でも、その人の探し物に対する思いは“自分”にはわからないし、自分の持つ“踊りたいような気分”も伝わることはありません。

その相手が家族や友人、恋人であっても“思い”は共有できない。
そんなことを、この歌詞が教えてくれている…。

 

…これが私の解釈です。

 

そんなことを考えているせいか、井上陽水ってなんか、凄いな~って感じます。

個人的には神無月さんのする、ものまねの陽水も大好きですw

そうして陽水はいろんな人にインスピレーションを与えたり、影響を与えたりしています。

 

なにがそうさせるのか…。
やっぱり歌の凄さだと思います。

 

では「夢の中へ」は本当に名曲なのか、次で考えていきたいと思います。

 

 

 

 

「夢の中へ」は井上陽水の名曲?それとも…


「夢の中へ」は大ヒット曲というより、大ロングセラー曲です。
令和の現在に至るまで、色褪せることなく好まれる曲となっています。

それがなぜか、考えてみました。

 

なぜだと思いますか?

 

この「夢の中へ」の歌詞は、すべての人やいろんな場面に置き換えられるからです。
「探し物」が“鍵”であろうが“麻薬”であろうがです。

冒頭での麻取りの噂がピッタリ当てはまるように感じるのもそのためでしょう。
関係なくても、当てはまってしまう。

「探す人」に対して傍観者は、「どうでもいいじゃない」「きっとどこかで見つかるよ」くらいにしか思わない…。

 

人間同士のちぐはぐした関係を、ユーモラスに歌う歌手がいて、それをさらに傍観して面白く聞くファンがいる。

 

どこまで計算したかはわからないけど、このすべてが成り立っている曲です。

 

 

うん。やっぱりなんか凄い。

この曲を名曲だと感じますか…?
それとも…?

 

もし麻取りの捜査を歌にしただけだったら、話題性抜群の駄作だったかもしれませんね。
これがガセネタで本当に良かったと思います。

 

この名曲は、結構カバーもされています。
誰が歌っていたか、覚えている人も多いでしょう。

 

 

井上陽水の「夢の中へ」。斉藤由貴もカバーしていた

 

代表的な物

斉藤由貴 1989年4月21日リリース

榎本温子・鈴木千尋 (「彼氏彼女の事情」の声優)1998年11月27日リリース

小柳ルミ子 1974年

上原多香子2003年

依布サラサ(陽水の実子)2016年9月10日

詳しくはWikipediaで → 夢の中へ

 

 

探し物は何ですか?

「探し物」くらいは誰でもしたことがあります。
だから、この曲は誰でもとっつきやすいです。

誰にでも当てはまるから、哲学にも落とし込める。
これがこの曲の凄い所です。

傍観者の自分についても考えてみると深いですね。
近くにいても心を一つにはできないことを、教えてくれています。
ですが、私とこれを読む方とで心を一つにできないように、人それぞれの意見や感想があるはずです。

現代も影響力の高い「夢の中へ」。
皆さんの解釈はどうですか?

私と違う意見がありましたら、とても知りたいです

よければ、コメント欄にて教えてください^^

井上陽水公式 http://yosui.jp/

 

 

 

 

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