鬼束ちひろが『月光』の 歌詞に込めた意味は?

歌詞考察

鬼束ちひろの『月光』の意味を考えたことはありますか?
深い闇に落とされたような絶望…

ミュージックビデオも、周囲が薄暗い中で懸命に歌う彼女が印象的です。
この曲は人気ドラマ『TRICK』の主題歌として有名になりました。

曲の人気は今なお健在で、カラオケの定番曲ともなっています。

でもなんだか意味が良くわからないという人も多い『月光』。
ここではこの曲の歌詞を考察していきたいと思います。

 

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鬼束ちひろの『月光』の歌詞の意味とは?

主人公はとても受け身な存在です。

「腐敗した世界に落とされた」

「この鎖が許さない」

「心を開け渡したままで」

何かに縛られたまま産み落とされた主人公は、動けずに支配されている様子です。

「こんなもののために生まれたんじゃない」という強い意志がありながらも、その感覚を「まだ上手に片づけられずに」いる…

 

「GOD」があらわす強大な権力に支配された様子から、何も解放されないような様子を描いています。

 

この曲がリリースされたのは、彼女が19歳の時。

作詞も作曲も本人が行っていることを思うと、驚異の才能です。

 

それだけに、歌詞と曲とのイメージがばらけずに一体化して、深い深い闇を聞き手に訴えかけているようにも感じます。

 

この闇に対する危機感は、人が平等に感じ得る漠然とした不安にも似ています。

 

平和ながらどこかでは戦争が起こっていて、どこかでは悲しみを感じている人がいて…

 

布団の上で生まれたはずなのに、なぜか荒野に産み落とされて、孤独の風を不本意に感じさせられているような感覚。

大人になることの不安…

そんな普遍的な感覚を、一見分かりにくい表現でも、直接的に表現しているようにも感じます。

 

 

世を支配しているはずの「GOD」は、実は他のだれかではなく、自分自身なのかもしれない。

なぜなら、自分を支配しているのは自分自身でしかないからです。

 

 

 

鬼束ちひろが『月光』の歌詞で表現したのは光?

月光は暗闇の中での一つの希望とも言えます。

くらい山道などで、月の光は最も頼りにできるものだからです。

 

自分に支配されている自分は、心の中をさまよっています。

心は暗い闇に包まれていて、常に一縷の光を求めています。

 

「効かない薬」は自分の中のアドレナリンやドーパミン、セロトニンなどの脳内物質。

「理由をもっとしゃべり続けて」いるのは「GOD」たる外身の自分

しかし「声もない」ところにいる中身の自分は、いったい何を信じていいのかわからなくなっています。

 

 

こう考えると、「GOD」は脳「世界に落とされた」自分は心を表しているのかもしれません。

 

 

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鬼束ちひろが『月光』の歌詞で表現したのは闇?

こう考えると“脳”は光を。“心”は闇を表しているようにも感じます。

 

それかその逆考えた方が自然かもしれません。

 

脳も頑張って自分を偽って生きている。心を支配しながらも自分を偽って生きています。

 

その為か、ふと気がつくと背中をガリガリと掻いている…。

ガリガリガリガリ…

 

「悲しい音は、背中に爪痕をつけて」

 

こんな世界でどうやって生きればいいの?

「How do I live on such a field?」

「こんなもののために生まれたんじゃない」

 

「こんなもの」とは、偽りながら生きている“脳”や外見の自分の事を侮蔑した言い方です。

自我を客観的に見ていて、周囲に流される自我を侮蔑的に表現しているのかもしれません。

 

 

 

 

歌詞には月光が登場しない

歌詞には“月”を意味するような表現が一切登場しません。

どちらかというと“闇”をイメージする表現ばかりが出てきます。

 

身体を支配している「GOD」たる“脳”は、主人公たる“心”に暗闇を与え続けます。心はそういった命令や縛りをうまく整理できずに、反発心を抱いている。

 

「終わりになど手を伸ばさないで」というのは、“死への願望”“あきらめ”から、“脳”を解放しようとしているのかもしれません。

 

こういった闇の中では、希望の光です。

「月光」も暗闇の中では、道しるべですし頼りの綱です…。

 

 

そういった意味での「月光」。。

こう考えると本当に深い意味がありそうですね。

 

 

正直に生きることがあまり肯定的にとらえられなかった、日本。

失われた20年ともいわれる不景気な時代の最中。

その生きにくさを、19歳だった彼女が如実に歌い上げていたのかもしれません。

 

 

そう思うと鳥肌も立ち、感動を覚えますね。。

 

 

まだこの世に光が存在する…

近年になってSNS場発達し、私たちもだんだんと心で生きるようになってきました。

 

一縷の月光たる光が朝の光に取って代わるとき。

私たちも、夜明けを実感するのかもしれませんね。

 

 

 

 

 

『月光』をカバーしたのは

徳永英明(2010年・カバーアルバム『VOCALIST 4』)

SoulJa「月光 〜GOD’S CHILD〜 feat.鬼束ちひろ」(2010年・アルバム『Letters』)

 

ほか

Wikipedia

 

 

 

 

 

まとめ

鬼束ちひろの代表曲、『月光』は皆さんにとってどのような位置づけの曲ですか?

ここに書いてきたのはあくまで私なりの考察ですが、外身の自分と内なる自分との葛藤を綴っている曲だと考えています。

学生時代に感じる大きくも漠然とした不安、大人になってもなお感じる孤独…

そんな”闇”を惜しげもなく表現しているのではないでしょうか。

 

 

何度も言いますが、あくまで個人の意見で書いていますので、皆さんそれぞれの考えがあってよいと思いますよ。

音楽って、とり方は人それぞれですからね。

 

 

 

ココはこういう解釈じゃないの?

もっとこんな考え方がある…など。

ご意見ありましたらコメントで教えてください。

 

 

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コメント

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