『窮鼠はチーズの夢を見る』漫画が映画化!あらすじや感想は?窮鼠の意味とは。

映画

以前から見たいと思っていたこの『窮鼠はチーズの夢を見る』。

5月に公開予定でしたが、流行り病の影響で9月まで上映が延期されやっと公開となった作品でもあります。

こんにちは、ひとりです。

映画公開時は、待ちわびた方も多かったのではないでしょうか。
こちらのページではネタバレをがっつり書いていきますので、まだあらずじを知りたくないという方はご退出くださいねw

 

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『窮鼠はチーズの夢を見る』は漫画原作!

水城せとな原作

1993年プチコミック(小学館)にて『冬が、終わろうとしていた。』でデビューした水城さん。

2012年には『失恋ショコラティエ』で『第36回講談社漫画賞』を受賞しています。

今回の映画の原作は、同名の『窮鼠はチーズの夢を見る』と『俎上の鯉は二度跳ねる』です。

 

コミックスの中はコミカルなやり取りも多いですが、映画になると淡々としたストーリーに感じました。

 

映画を見た後にコミックを読んでみるのも面白いかもしれません。

 

 

 

『窮鼠はチーズの夢を見る』あらずじは?(ネタバレ)

キッカケは浮気調査

大倉忠義演じる大伴恭一が、成田凌演じる今ヶ瀬渉に7年ぶりに再会するところから物語は始まります。

再会のきっかけは今ヶ瀬による浮気調査。

恭一の浮気を疑った妻による依頼で偶然担当したのが今ヶ瀬でした。

 

浮気現場を押さえていた今ヶ瀬。

それを妻にばらされたくない恭一は、今ヶ瀬の要求に応えるようになります。

 

今ヶ瀬としては7年越しの恋の相手との再会。

恭一としては、弱みを握られて致し方のない関係をもつこととなり…。

 

この関係が、その後どう展開していくのか。

 

 

カラダの関係を通じて得るものとは何なのか。

恭一の心の移り変わりにも注目です。

 

 

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『窮鼠はチーズの夢を見る』映画館で観た感想

前半は官能的なシーンがたたみかける

前半の恭一は浮気相手との逢瀬。

今ヶ瀬との逢瀬、妻との離婚など刺激的なシーンが畳みかけます。

 

 

 

妻との決別を機に独り暮らしを始める恭一のもとに、今ヶ瀬が通い始めます。

女性であれば寄ってくるものはすんなり受け入れる恭一。

 

 

男性である今ヶ瀬もそれは例外ではなく…。

次第に濃厚な関係を築いていきます。

 

男性とのセックスに抵抗があった恭一も、今ケ瀬の情熱に押されるように身体を受け入れていく。

しかし情が薄く、様々な人間にホイホイとついていく「鼠」のような性格でもある恭一にとっての今ヶ瀬の存在は…。

 

今ヶ瀬は献身的に。

恭一はどこか心には距離があるように見ている側には感じました。

 

身体は重ねても、心は…。

 

そんな葛藤をわたしは今ヶ瀬の側に立って見ていました。

切なく苦しい恋をしたことがある人にとって、今ヶ瀬は共感できるキャラクター性です。

 

 

4人の女性が登場

恭一と今ヶ瀬を取り巻く4人の女性の存在。

 

恭一のもとを去っていく妻の知佳子。

恭一の性のはけ口となる存在で、浮気相手の瑠璃子。

大学時代の恭一の恋人で、恭一を巡った今ヶ瀬との恋のバトルをバチバチ繰り広げる夏生。

そして恭一と今ヶ瀬の恋の行方のキーとなる存在のたまき。

 

妻の知佳子とは心を通わすことが出来ず、浮気相手の瑠璃子とは身体を交わすことしかできなかった。

 

心も身体も預けてくれる存在の今ヶ瀬。

今ヶ瀬は次第に恭一の中で、大切な存在へと変わっていきますが…。

 

 

 

その後大学時代の恋人である夏生との再会を果たす恭一。

今ヶ瀬との関係がありながらも夏生とも度々会うようになる恭一。

 

誰にでもついていく鼠のような恭一の性格を十分わかってる今ヶ瀬は、夏生と修羅場を繰り広げますが…

 

 

 

今ヶ瀬を残して夏生と夜の街に消えた恭一。

夏生との逢瀬を前に身体が反応しなくなった恭一は、今ヶ瀬の存在の大きさに気が付くのでした。

 

 

 

 

本当の愛を今ヶ瀬と共に築くように思えたお話も、最後に登場するたまきによって崩されます。

恭一の後輩で仕事もできるたまき。

清純で魅力的な女性です。

 

彼女の上司は父親でもあり、たまきは外に作った隠し子でした。

その父親が突然亡くなり、葬儀の一般の列に紛れるたまき。

隠し子であることを周囲に悟られないように正気を保ちますが、お寺の隅で雨の中泣き崩れてしまいます。

それを支えるのか恭一でした。

 

 

たまきは今までの女性たちの中でも、すべてを受け入れてくれる存在。

恭一はたまきとの結婚を思案するため、今ヶ瀬に別れを告げます。

 

二人ドライブに出かけ、海岸で別れを語り合う二人はこの映画の象徴的シーンです。

 

 

前の恋人との大切な物として登場する灰皿。

それは今ヶ瀬の愛用していた物でした。

それを捨てられずに保管している恭一を、たまきは包み込むように受け入れます。

 

 

家具やカーテンを揃え、同棲の準備をするたまきと恭一。

そのさなか、再び今ヶ瀬は現れます。

 

たまきという存在がありながらも、今ヶ瀬と身体を再び重ねてしまう恭一。

心の穴を埋めてくれる今ヶ瀬。

 

 

たまきから隠れながら今ヶ瀬と会う関係になる恭一。

まるで結婚していた時代の当初のカタチです。

本命がいながらも、身体の関係だけを満たす相手がいる状況。

今ヶ瀬の存在とは…

 

 

こうなると苦しいのは今ヶ瀬です。

今ヶ瀬はこの苦しさに耐えられず、恭一と決別をします。

 

 

恭一はここで、また大きくあいた心の穴に三度気が付くのでした。

 

 

決してハッピーエンドではない

たまきと別れて今ヶ瀬を待つことに決める恭一でしたが、、

一方今ヶ瀬のほうは、新たな恋人と歩む道を選んでいました。

 

 

そう、この映画のお話は、すべての恋が報われずに終わります。

 

私自身の感覚としてこの映画を見て気が付いたことがあります。

それは、このお話を男性同士の恋愛であろうとすんなり受け入れている自分がいたことです。

LGBTはとてもデリケートなこととして捉える方も多くいらっしゃいますが、いまや男性同士の夫婦の生活をYoutubeでアップする方もいてとてもオープンな時代です。

 

 

恭一、今ヶ瀬。

決して素行が良いわけではない二人。

しかし、最終的な恋心はとても純粋な物なんじゃないかなと思いました。

 

同性婚はまだまだ認められる事例の少ない世の中。

恋愛をすれば結婚というカタチを誰もが考える中でも、そういうカタチにならないと分かっている相手との愛。

 

それが特に純愛と感じるのは、ある意味エゴイズムかもしれませんが…。

 

 

 

 

「鼠」があらわすものは?

「窮鼠」という言葉は、「窮鼠猫を噛む」ということわざにしか使われません。

この映画のタイトルにある「窮鼠」とは、猫に追い詰められて逃げ場のないような鼠の事を指しています。

 

この劇中では、夏生が恭一のことを「鼠」と表現しています。

 

恭一は最後、たまきと別れて今ヶ瀬を待つ決断をしますが、はたから見るとその状況は窮鼠。

追い詰められています。

今ヶ瀬の気持ちは既に離れつつあるにもかかわらず、のんきに待っている鼠が恭一です。

 

 

「窮鼠はチーズの夢を見る」

追い詰められてなお、大好きなチーズの夢を見る。

窮地に立たされているのに、のんきに食べ物のことを想像している…。

 

恭一の場合は、もう別々の道を歩み始めているにもかかわらず、その人を待っていよう、、、とのんきな判断をしていることになります。

この滑稽さを、このタイトルが表現しているのかな、と私は感じました。

 

 

 

いつまで公開?

大体映画の公開は1か月が目安

9月11日に公開になったこの作品。

10月中旬か早くて11日までの公開となることが予想されます。

 

わたしの家の近くの映画館では15日までの公開となっています。

 

未だ見ていないという方はお早めに映画館へ行くことをお勧めします。

 

 

 

まとめ

『窮鼠は…』の映画は見ごたえのある作品となっていました。

官能的なシーンもありつつ、心の動きを見ている人に伝える仕掛けもあり、感情移入できる作品に仕上がっています。

 

恭一と今ヶ瀬の不条理な再開から純愛へと移行していく中、その行く手を阻む4人の女性の存在。

これらのキャラクターがどんな表情を持って動いていくのかは、映画でお楽しみいただきたいです。

 

 

 

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